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デートで使える知識?お台場って何??【面白ネタ】 


お台場側から、レインボーブリッジ方向を望むと木々で覆われた不思議な小島があるのをご存知だろうか?
何気なく見ていると風景の一部になってしまうが、「いったい何だ?」と思い始めると頭の中に
?(;●◇●)?が飛び回る小島。
今回は、そんな小島にまつわるデートで使えるかもしれないお台場の由来と歴史の紹介です。
不思議な島
不思議な島
実はこの小島、「台場」と呼ばれる人工的に作られた砲台陣地なんです。
モエさん所のこの日記(笑)じゃないですが、「ぺりーがきたら いや(18)でもこう(5)さん(3)」の1853年6月、アメリカのペリー提督のひきいる米国艦隊(黒船)が浦賀に来航しました。
驚いた徳川幕府は、黒船に対抗すべく日本各地の沿岸に「台場」と呼ばれる砲台陣地建設を開始します。ちなみに、北海道函館の五稜郭もそんな「台場」的役割の一つとして作られました。 台場設計図
台場設計図
東京湾には11基の「台場」建設が予定されましたが、結局予算が続かなく6基建設にとどまりました。それでも総工費は現在のお金に換算するとおよそ500億円といわれています。
さらに詳しい台場の歴史ページへ
さらに詳しい台場の歴史
戦後、品川埠頭の建設などの港内整備のため、6基の「台場」のうち4基が撤去されました。そして現在も残っている2基の「台場」が、『お台場』という地名の由来となったのです。

そのうちの一つが、冒頭で説明した不思議な島の第6台場なのです。ちなみにこの2つの台場は、国の史跡に指定されており、第3台場は公園として開放されていますが、第6台場は保全の為、立ち入り禁止となっています。
では何で「台場」ではなく、『お台場』なのってツッコミたくなる人もいると思います。
江戸時代では、徳川幕府が作った物や持ち物に「御」をつける慣習になっていました。例えば、「御三家」や「御徒町」などもその一つです。
この「お」は徳川幕府が作った物の証として付けられた「御」で、そこから『お台場』(正式住所は港区台場)と呼ばれるようになりました。


この記事に関する関連サイト
江戸前疑似餅倶楽部◆品川お台場史◆
日本史年号ごろ暗記

本日のトリビアネタ
江戸時代にはオナラをした人の身代わりになる役職があった92へぇ/100獲得
  • 屁負比丘尼(へおいびくに)と言い、比丘尼は尼さんのことです。

  • 「日本国語大辞典」には、良家の才女や娘などにつき添って、放屁などの過失の責めを代わりに負った比丘尼と書かれています。

  • というのも江戸時代はオナラを人前ですることは非常に下品な行為で、「放屁娘」などと呼ばれ家紋を傷つける事もあったんです。そのためにこのような比丘尼を雇って万が一のために身代わりにしていました。

  • 娘と阿吽の呼吸で身代わりになることができる上手い屁負比丘尼はその家族からとても慕われていたようです。

もし良かったら、お気に入りに入れて、たまに遊びに来て下さいね。

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